運命を感じたら、アタックしない理由は一つもない。

今日の主題は、”運命を感じる出会い”だ。

運命とは、私が思うに、
仏教でいう縁起というような、

我々の頭では論理的に説明がつけられないような事象のことだ。

例えば転勤先で、
幼稚園が一緒だった子と再会したとか。

留学先で小学生の友達と遭遇したとか。

運命とは、
出会った理由は順を追っていけば納得がいくけれど、
お互いが出会うために意図して行動してきたわけじゃないから、
説明ができない何か特別なものを感じるのだ。

この間、電車で友達と出かけ先でご飯を食べていたとき、
Koi♡Liveで絶対にシェアしたい事件が起きた。

その話から今日はしたいと思う。

駅前が開拓されて、私の家の最寄りの駅では、
駅から公園が直結している。

その駅から公園までの間には、複数の商業施設などがあって、
飲食店もたくさんだ。

メインロードには、人が座れるような椅子がたくさんある。

木を囲むように設置してある丸いベンチや、
鉄製のオブジェの形をしたようなものまで、実に様々だ。

事件は、

というか運命は、(笑)

その木を囲む丸いベンチで起きた。

そのベンチには、男性と女性が座っていた。
お互いは知り合いではない。

どちらも、誰かを待っているのか、
退屈そうに携帯を見ながら、片手をベンチにつき体重をかけている。

その手が、妙に近い!

そして、男性が体重のバランスを直そうと、
手の位置を変えた次の瞬間、

お互いの手が重なって触れ合ったのだ。

私と友達は、きゅんとした!笑

男性と女性はお互い、「ごめんなさい!」と、
恥ずかしそうに言っている。

見ているこっちがドキドキしてきて!
私と友達が異様に盛り上がってしまいました。

会話をしていたのですが、
会話をそっちのけで、

「ちょっと待て、今の見た!?(驚)」

「そのまま、連絡先交換しちゃえよ!」

と、お互い興奮していました。笑

さて、

そんな運命を感じる出会いの良さの何が良いのかは、
とてもナチュラルだということだ。

合コンでので出会いを拒む人がいるのは、
出会うために行動している自分があまり好きではないのだ。

そして、出会うために来ている異性に気がひけるのだ。

だから、合コンの効果は薄い。
これは、婚活パーティーでも同じことが言えるのだと思う。

結婚するために出席している自分や、結婚したくて参加している異性に、
ロマンスを感じにくいのである。

だから人は運命に憧れる。
そこには、ロマンスがあり、私たちには到底分からないパワーが、
実に自然に働いているのだ。

意図的じゃない何かが、私達のことを押してくれている。

その意図的じゃないパワーが良いのだろう。
力を加えずに二人を引きつけるなんて、
付き合えってこと!?

そう思ってしまうのが、運命の力だ。
とてもロマンチックだ。

しかし、大切なのは、
もしそのような運命が後押ししてくれる瞬間に
立ち尽くしたときに、
あなたが怖がらず、恥ずかしがらずに心をオープンにできるかだ。

一生の後悔よりも、一瞬の恥を選択しなければいけないのです。

「それは、運命じゃなかったんじゃない?」
という屁理屈もある。

しかし、

いくら運命と呼ばれるような出会いがあっても、
自分自身の心構えが整っていなければ、
いくら時間が経っても、いくら運命的でも、

その人とカップルになることはない。

なっても別れてしまいます。

何百万人に一人。
そのような努力や心構えなしに、
意図しない何かが働き続けて、
離れたくても離れられないような人がいるかもしれない。

だけどそれは、確率的に少なすぎると思いませんか?

意図しない何かが働き続けるというのは、小説の中の話だ。

けれど、意図しない出来事は私達にも必ずある。
だから、その後押しをものにするようにしなければいけないし、
その出会いを大切に紡いでいく努力が必要なのだ。

”運命であれば”みたいな、
惰性的な心構えではなく、
運命を感じる人に出会ったり、運命を感じるイベントがあったら、
積極的に話しかけていく必要が私はあると思っています。

運命もそのほうが嬉しいはずだ。

是非、たまにしかない運命を味方にし、

恋愛を成就させてください!

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